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.第三二節「時のユグドラシル」(前半) | 返信 ▲ ▽ |
【Writer:諌山 裕】 “もろもろの聖なる族(やから)、ヘイムダルの貴賎の子らよ。私の言葉に耳をかたむけるがいい。死せる戦士の父なる神よ、ここに、御心に従い、記憶のはての古き世のさまを、語り説きたてまつる。 遠い世の巨人の族の誕生も、私は忘れない。その上(かみ)に私を育てあげたものこそ、この族。九つの世界、九つの根。また、大地にふかく根をめぐらした大宇宙樹(ユグドラシル)をも私は知っている。 ユミルの生きていたはるかな昔には、砂も、海原も、つめたい浪もなかった。大地も、上なる天もなく、ふかい淵が口をひらくだけで、草というものも見えなかった。 やがて、ブルの子らが大地をもたげ、うるわしき中央世界(ミドガルド)を築いた。日輪は南から岩を照らし、大地はみどりの草におおわれた。 月の友なる日輪は、その右手を南から、天の縁(へり)にかけた。日輪はいまだその家を知らず、星々もいまだその座を知らず、月もその持てる力を知らなかった。 世を治めるすべての者、聖にして聖なる神々は、裁きの座におもむいて議し、時をはかるため、夜と新月に名を与え、朝と真昼に、午後と夕べに名を与えた。 イダヴェルにエーシル神はつどい、祭壇と神殿とを高々と築き、鍛冶の炉をおき、金(かね)をきたえ、火ばさみなどもろもろの道具を作りあげた。 館(やかた)なる神は、たのしげに将棋に興じ、持てるものはすべて黄金でできていたが、それも、巨人族の全能なる三人の娘が、巨人の国からあらわれた時までのこと。 強くやさしきエーシルの神々三柱は、そのむかし海辺へと足を運び、力もなく運命(さだめ)ももたぬアスクとエンブラを、そこから陸(おか)に見出した。 それらには息もなく、魂もなく、血の気、身振り、人らしき形もなかったが、オーディンが息を、ヘーニルが心を、ロードゥルが血の気と人らしき形をさずけた。 とねりこユグドラシルがそびえるのが、私には見える。かがやく霧につつまれ、天をつく樹が。谷間に降る霧はここに生まれ、常緑の樹はウルドの泉のほとりに立つ。 とねりこの根かたに湧くこの泉から、全知の乙女三人があらわれ出る。一人はウルド、一人はヴェルダンディ、板に文字を彫るのが役目。スクルドをまじえたこの三人は、人の子らに人生を選びわけ、人の世の運命をば定めた。”――――『エッダ〜巫女の予言〜』(松谷健二・訳)より。「中世文学集」(筑摩書房・刊)に収録。 ベッドに腰かけたキャサリンは、北欧神話を読んできかせた。三つ並べられたベッドの、残り二つには理奈とジャネットが半身を大きめのクッションに預けている。妊娠五ヶ月〜六ヶ月に入った彼女たちは、見た目にも腹部が膨らみ、学校は休学していた。彼女たちの休学の理由は公表されてはいないものの、妊娠したからだということは知れわたっていた。郷田邸の三階の来客用寝室は、彼女たちのための産院となっていた。 郷田を始めとして立原と菅原も、事情を内密にしようとしていたが、当の彼女たちが喜びのあまり級友たちに公言してしまったのだ。彼女たちには隠すべき問題ではなかったからだ。厳格なカトリックの学園で、彼女たちのことは大きな問題になった。ましてミス・マリアに選ばれた注目の生徒でもあったため、波紋は広がった。教師や父母の懸念とは裏腹に、生徒たちは彼女たちを祝福した。 聖母マリアも未婚の母ではないか――というのが、子供たちの主張だった。もとよりカトリックは中絶には反対する立場であり、命を尊ぶ教えを説いている。ミス・マリアの妊娠は、聖母マリアと重ね合わせて見られるようになった。 そもそも秘密にするのは困難だった。彼女たちを部屋に閉じこめて隔離するわけにもいかず、外を散歩したりといった運動も必要だったからだ。休学はしているものの、時間があれば彼女たちは学友たちと過ごすことを望んでいた。 キャサリンの朗読をきいて、理奈は質問する。 「板に文字を彫るのが役目ってなんのこと?」 「直接的な解釈は、ルーン文字で呪文を刻むことよ。でも解釈のしかたによっては、運命という歴史を刻むことにもつながるわね」キャサリンは解説した。 「つまり、三人の乙女は、歴史を左右する存在だといいたいのね」とジャネット。 キャサリンはうなずいた。 「そう。神話はまったくの架空の物語ではなくて、ある部分では事実に基づいているものよ。聖書も同様にね。もしかしたら、エッダの物語も実在した人物に由来するのかもしれないわ。三人の乙女はジャンパーだったのかも」 「ふうん。で、その神話にヒントがあるというわけ?」理奈は懐疑的だ。 「三人の乙女は、それぞれに時間をつかさどっているの。ヴェルダンディは現在、ウルドは過去、スクルドは未来よ」 「なんか、できすぎた話ね」と理奈。 キャサリンは解説を続ける。 「世界を象徴する樹のユグドラシルは、宇宙そのものを意味しているわ。乙女はその樹の根元にある知恵の泉に住んでいるの。そして、樹には一匹の巨大な蛇が絡みついていて、樹をかじっている。蛇がやがて樹を倒してしまうと、世界は崩壊する。こういう終末論は、聖書の中にも見られるわ」 「蛇がミッシング・トリガー、というわけね。象徴的であることは認めるわ」理奈は肩をすくめた。 「でも――」と理奈は続ける。 「当面の問題は、あたしたちが子供をちゃんと産めるかどうかよ。それと、のぞみのこと。頼りない男たちはなにしてるのよ」 ジャネットは苦笑した。 「ほんと、この子たちの父親は、まだ自覚がたりないわね」 バタバタと階段を登ってくる音がした。 「噂をすればだわ」ジャネットは部屋の入口を指さした。 慌ただしくドアが開けられ、アンドルーを先頭に光輝とゲーリーが入ってくる。 「気になる情報を――」アンドルーは口ごもった。 少女たちがクスクスと笑っていたからだ。笑いが笑いを誘って、彼女たちの笑いはしばらく続いた。 「なにがそんなに可笑しいんだ?」アンドルーは怪訝な顔をした。 「なんでもないわ。ただ、可笑しいのよ」理奈は顔をほころばせながらいった。 アンドルーはため息をついた。 「楽しそうだな。体調はいいのか?」 「ご心配なく。特に問題はないわ」と理奈。 「気になる情報って?」ジャネットは光輝に向かっていった。 光輝はジャネットのベッドに歩みよって、縁に腰かけた。 「のぞみの行き先がわかったんだ。彼女は……」 「のぞみがどうかしたの?」理奈は真剣な表情になった。 アンドルーが答える。 「例のJ3Kの中心人物である、高原の邸宅に行ったあと、ぱったりと消息が途絶えているんだ。中に入ったことまでは確認したが、出てきた痕跡がない。ずっと中に囚われているかと思ったんだが、そうでもないらしい。彼女は消えたんだよ」 「消えたって……。どこに?」 「転移したのかもしれない。あるいは転移させられたか。確証を得るために、問題の屋敷に潜入を試みるつもりだ」とアンドルー。 「武器がほしいところだが、日本では難しいな。SIGザウェルP229なんかがいいんだが」ゲーリーは右手を拳銃形にしてみせた。 「物騒なこといわないでよ。銃撃戦なんかあるわけないじゃない」ジャネットは眉をひそめた。 「わからないぜ。相手は正体不明の組織だ。裏でなにやってるか。丸腰で乗りこむのはリスクが大きいぜ。さすがの郷田さんでも、武器の調達は無理だろうなー」 「せいぜいスタンガン程度だね。それなら入手できるよ」光輝はゲーリーの案に乗じた。 「バカなことはしないで!」ジャネットは光輝をたしなめる。 「わかってるよ」光輝はジャネットの手を握った。 理奈は掛けていた毛布を払いのける。 「理奈?」アンドルーは小首を傾げた。 「あたしも行くわ」 「それはダメだ。君は大事な体じゃないか。行くのはオレたちだけだ」 「あたしは病人じゃないの。バックアップくらいできるわ」 アンドルーは理奈の肩に手を置く。 「だとしても、君たちは残っていてくれ。人数は少ない方がいいし、余計な心配はしたくない」 「女は邪魔だというの?」 「そうはいってない。君たちは君たちの果たすべきことをやってほしいだけだ。流産なんてしてほしくないんだよ」 理奈はキャサリンとジャネットを見る。キャサリンはうなずき、ジャネットは同意の印に肩をすくめた。 「無茶はしないで。ちゃんと帰ってきてよ」 「もちろんだ」 アンドルーは理奈にキスをした。キスを終えると、理奈は隣のキャサリンに人差し指を振った。アンドルーは体の向きを変えるとキャサリンにもキスをした。光輝はジャネットとキスを交わしていた。 「ちぇっ、オレだけお邪魔虫って感じだぜ」ゲーリーはぼやく。 キャサリンは立ち上がり、ゲーリーに向かって微笑むと両手を差しだした。ゲーリーは彼女に歩みより、抱擁とキスを受ける。 「あなたも気をつけてね、ゲーリー」 「サンキュー」ゲーリーは微笑んだ。 「ドジ踏まないでよ」理奈は釘を刺した。 「ああ」アンドルーは答えた。 少年たちは意気揚々と少女たちに見送られて部屋を出ていった。 畏怖と困惑が沈黙の空気にさらに重くのしかかっていた。 茫然自失の高原は、空を見つめたまま全身の力が抜けている。達矢は食いしばった歯を覗かせていた。御子芝と高千穂も驚きを隠せなかったが、のぞみは口をポカンと開けて、床に座りこんでいた。 御子芝が高原の様子を見て、沈黙を破る。 「どうやら、ほんとうに知らなかったようだな」 達矢は舌鼓を打った。 「いつからなんだ? と、きいても無駄か。奴らは人類に気がつかれることなく、入りこんでたんだろうな」 高千穂が達矢のあとを受けて口を開く。 「寄生する奴は、宿主に気づかれないように同化してしまうものだ。意識転送と同じ理屈さ。 人の脳の中に寄生するトキソプラズマは、一見なにもしないで無害なように振る舞う。だが、ときに人格を変えてしまうほどの影響を及ぼすんだ。男の場合には犯罪に走る傾向になり、女の場合には他人に対して従順になってしまう。道徳観念や危機意識が欠如してしまうんだ。トキソプラズマにとっては、人間は仮の宿主であり、寄生した個体を無防備にすることで、新しい宿主に乗り移ることを狙っているんだ。かつて精神障害のために凶悪犯となった者の中には、トキソプラズマに感染している者もいた。寄生虫が人格を支配するなどということが、まともに研究されるようになる以前のことだけどな。二一世紀の時点では、まだ認知度の低い事例だ」 達矢は唇を噛んだ。 「いつからなのかはともかく、奴らは月の量子コンピュータに感染した。それは間違いない。いってみれば、奴らは電磁界寄生体だ」 「そして、奴らが狙っているのは人間への寄生というわけだな。電磁界メモリの中に保存されている、個々の人格意識はほぼ奴らの影響下にあると思った方がよさそうだ。魂の寄生虫ということもできる。気持ちの悪い話だ」御子芝は顔をしかめた。 「これは異星人の、あるいは未知の生命体の侵略なのだろうか?」達矢は問うた。 「それはたいした問題ではないと思うね。トキソプラズマが侵略の意図を持って寄生しているわけではないのと同じだ。ただの生存本能かもしれない」高千穂が答えた。 「だけど……」達矢は首をひねった。 「なぜ、奴らは植民計画として、人間への寄生のプロセスを記録として残しているんだ? 見てくださいといわんばかりじゃないか」 御子芝はうなずいた。 「ふむ、たしかに腑に落ちない点ではあるな。むしろ、この情報もトラップのひとつなのかもしれない。われわれを欺く意図があるのかもな」 「私は……なにものなの……」 弱々しい声で高原がいった。 「彼女も感染者なのか?」達矢は高原を指さした。 「そう考えた方がいいだろうな。だが、彼女の精神的ショックを考えると、意識のすべてを支配されているわけではなさそうだ」と御子芝。 高千穂はうなずく。 「宿主を殺してしまっては寄生体も生きていけないからな。彼女自身の自我に同化しているんだろう。あるいは感染した状態で長く生きているうちに、変容してしまったとも考えられる」 達矢はパンッと手を叩いた。 「やるべきことははっきりしたな。奴らの植民計画を阻止する。これこそがミッシング・トリガーだという気がするぜ」 「同感だ」と高千穂。 達矢は続ける。 「奴らが排除しようとしている、ミレニアムイヴは侵略の障害になっているに違いない。もし、のぞみがイヴのひとりで、二一世紀に戻ることができたなら、この事実を知ったわけだから、奴らのことを警告するはずだ」 「ということは、私たちがここに連れてこられたのもうなずける。奴らは排除するつもりだったのが、じつのところイヴの条件を満たす状況を作ってしまったんだ。墓穴を掘ったわけだ」御子芝はいった。 「因果律の難しさだな。ニワトリを殺したら卵は産まれない、卵を潰したらニワトリは育たない。どっちが問題の解決になるかは、不確定なんだ」と高千穂。 「さてと、どうする? エデンを潰すか?」達矢は仲間を見まわした。 「電磁界メモリの感染を除去するか、もしくは破壊だな。場合によっては、数百億の魂を失うことになるが。これは大量殺戮になるのか?」 高千穂の言葉に、達矢は苦悩を浮かべた。 「あまり考えたくないことだが、彼らは一度は死んだ人々だ。永遠の命を求めてのことだろうけど、魂の定義は難しいな」 「けどよ、もう一度肉体での生を得るために、他人の肉体を利用するなんてのは間違ってる」 「彼らを救う方法も考慮しながら、最悪の場合には……覚悟しよう」 達矢は大きなため息をついた。 「最善を尽くすしかないだろう」 「現実的な問題として」と御子芝。 「武器がいるな。じつは目星をつけてあるのだ。ここから近い歴史資料館に、過去の武器を展示しているんだ。使えそうなものもある」御子芝は微笑んだ。 「わたしも……」しゃがみこんでいたのぞみが立ち上がった。 「……一緒に戦うわ」 達矢はのぞみに歩みより、彼女を抱きしめた。 「ああ、のぞみ、君も一緒だ」 のぞみも彼に背中に腕を回して、ひしと抱きしめる。 「うれしいよ、のぞみ。君が悪夢から目覚めてくれて」 「うん……達矢……。ほんと、わたしったら、悪い夢を見てたみたい」 「君のせいじゃないよ。誰だって自分が世界を滅ぼす原因になったなんていわれたら、まいっちまうよ」 「わたしは……わたしの子供は、忌むべき子供じゃないわよね?」 「そうに決まっている。君はきっといい母親になるよ」 「あなたは父親でしょ?」 達矢は顔を赤らめた。 「それはこれからのことだよ。まだなにも始まってはいない。春奈の父親が誰であっても、君の子供ならやさしい子になると思うよ」 のぞみは微笑んで達矢を見つめていた。 「おいおい、ラブシーンは早すぎるぜ。仕事を片づけてからだ」高千穂は冷やかす。 達矢は抱擁を解いた。 「そうだな。奴らもすでに動き出していると考えた方がいい。先手を打たれる前に行動しよう」 部屋を出ていこうとする四人は、高原に呼びとめられる。 「待って! 私も手伝うわ」 達矢は怪訝な顔をした。 「あんたが? なぜ? 信用できないね」 「もっともだわ。でも……私は……自分が自分であることを確認したいの。自分ではないなにものかに操られているのではないことを。信用してくれなんていえないけど、私は利用できるわよ。人質にしてもいいし」 達矢は高原の目をまっすぐに見つめる。澄んだ瞳には真摯な思いがあるように見てとれた。もし、のぞみがミレニアムイヴになるのなら、高原はそのきっかけを与えたことになる。意図したこととは異なっているが、彼女が関わっていることは確かなのだ。 ふと達矢の頭の中を、ブリトニーの歌の一節がよぎった。 “自分が誰だか確かめるために間違いだって犯すの だからそんなに守られていたくないの 他の道があるはずよ 何だって確かめてみるべきだって信じているから でも私は誰なのか 何をしたらいいのか 神さま答えて教えて” 「あんたはエデンを裏切るというのか?」達矢はきいた。 「結果的にそうかもしれないけど、私はエデンを救いたいのよ。ここは人間が求め続けてきた楽園なのだから」 彼女は「人間」という言葉を強調した。 「あんたが感染していたとしても、その人間性は信じたいと思うよ」 「ありがとう。エデンを支配しているのは、枢機評議会よ。彼らを潰さなくては、エデンもあなたたちも救えないわ」 「ところで、時空確率転送機はあるのか? おれがいってるのは、肉体も転送できるタイプのことだ」 「ええ、それも歴史資料館にあるわ。使われなくなって久しいけど、稼動できる状態に保存されているから、パワーさえ確保できれば使えるはずよ」 「よし、それが頼みの綱だな」 達矢は御子芝と高千穂に、意見を求める目を向けた。ふたりはうなずいた。 「いいだろう。一緒に来いよ。怪しい動きをしたら、容赦はしないぜ」 「ええ、承知しているわ」 彼らはエデンの見せかけの楽園を打ち砕くべく、行動を開始した。 〈つづく〉 |
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【Writer:諌山 裕】 三学期の終業式。 天原学園は緑と春の花に彩られている。校内の桜もつぼみが膨らみ、喜びとほのかな悲しみに淡い色彩の思い出をそえる。思春期の一年は長いようで短く、過ぎた時間は桜の花のようにはかない。そして迎える一年は、期待と試練の未知なる時間だ。 生徒たちは終業式と礼拝に出席した父母とともに、学園内を散策し、写真を撮ったりくつろぎのひとときを過ごす。 ひとりの少女が、両手を両親とつないでポプラ並木を歩いている。父親は口髭を生やし、母親は栗色に染めた長い髪をアップにしていた。実年齢よりも老けて見えるようにしているのだ。両親は中学一年の娘の親としては若く、素のままでは少女のクラスの中でも目を引いてしまうだろう。見た目には年の離れた兄弟といっても通用するほどだからだ。 「いよいよ四月からは二年生ね」母親がいった。 「いろいろと大変だったからね。でも、まだしばらく気は抜けないな」と父親。 少女は屈託のない笑顔を両親に向けた。 「心配しなくていいわ。わたしはちゃんとやれるから。わたしのことよりも、パパとママの方が心配。学校に来るたびに、深刻な顔してるもん」 父親はため息をついたものの、微笑んでいた。 「あまり目立った行動はするなよ。彼らに勘づかれるには早すぎるんだ。おまえは彼らとは距離をおいて観察するだけでいい」 「いつまでスパイを続けるわけ? そろそろ機は熟していると思うけど?」少女は真剣な顔になった。 「まだだよ。あと一週間前後だ。タイミングが大事なんだ。早すぎると歴史の歯車が狂ってしまう」父親はせっかちな娘をたしなめた。 娘は肩をすくめた。 「どっちにしても、明日から春休みだし、他の生徒に紛れて接近するのは無理だわ。これまでだって直接顔を合わせることは避けてきたけど、それも難しくなるのよ」 親子は寮の前に差しかかった。両親は足を止めて、しばらくの間、寮を見つめる。その目は潤んでいた。 再び歩き始めた親子は、足早に東門に向かって並木道を進んでいく。 「彼らはそろそろ行動を起こすはずだ。私たちは彼らを見守りつつ、最悪のシナリオを阻止しなくてはならない。彼らは重要な鍵だからだ」父親は決然といった。 「わかってるわよ、パパ」 母親は心配そうに娘を見る。 「あなたはパパに似て無鉄砲なところがあるから、無茶しないでよ」 「はいはい、ママは心配性ね」 「慎重に行動して欲しいのよ、春奈」 「了〜解」 少女は敬礼の仕草をして微笑んだ。両親も快活な娘に微笑んだ。 天原庭園の木々は、さわさわと風に微笑んでいるかのようだった。 郷田邸の三階の窓から、理奈は外を眺めていた。終業式から帰る親子の姿が、並木道を歩いている。談笑する親子に、彼女はうらやましさを覚えて微笑んだ。 「あたしも……あういう風になりたいわ……」 両親になにごとかをいっている少女の姿が、理奈はのぞみに似ていると思った。 「どうしたの?」ジャネットが理奈の隣に並んだ。 理奈は涙ぐんでいた目をこすった。 「ちょっと、うらやましいなって」 「先のこといろいろと心配してもしょうがないわよ。今を精一杯生きるだけ」 「終業式には出たかったわね」 「そうね、制服が着られればの話だけど」ジャネットは苦笑した。 彼女たちは式に出られないわけではなかった。だが、彼女たちは辞退したのだ。ただでさえ関心を集めていただけに、父母の集まる場に出ることで、無用な注目を招きたくないと思ったからだ。 「アンドルーたちは今晩、決行するのね」理奈はひとりごちた。 「心配よね。ミイラ取りがミイラにならなきゃいいけど……」 「縁起でもないこといわないでよ」 「やっぱり、まともな武器を調達するべきだったかも。スタンガンとエアーガンだなんて、ただのオモチャじゃない」 「あなたが反対したんでしょ?」 「そうだけど、敵の出方はわからないのよ。だんだん心配になってきたの」 理奈とジャネットはため息をついた。 「キャサリンは?」理奈はきいた。 「地下室にこもってるわ。スパコンの再構築をしてるのよ。彼女も心配なのね、いろいろと。特に彼女は虚弱体質だから、母体の負担が大きいのよ。動けなくなる前に、スパコンを元通りにしようと頑張ってるわ。仕事をすることで不安を隠してるみたい」 理奈はきびすを返した。 「あたしたちも手伝いに行こう。なにかできることをしなくちゃ」 「そうね」 ふたりは大きくなったお腹でぎこちなく歩いてエレベーターに乗りこみ、地下室へと降りていった。 人気のない長い回廊は、いくつもの部屋に分岐し、それぞれの部屋が人類の歴史を物語っていた。かすかに低く唸る音の中に、ヒタヒタと忍び足が断続的に響く。 「DPTはどこだ?」達矢はかすれた声でいった。 「もっと奥よ。フロアは時代順に並んでいるの。このへんはまだ江戸時代よ」高原も小声で答えた。 「ちょっと待ってくれ」御子芝は足を止めた。 「なんだよ? 先を急がなくちゃ」達矢は急かす。 「武器だ。このあたりだと思うのだが……」 御子芝は江戸時代のフロアの中に入り、陳列された過去の遺物を物色する。 「なに探してんだよ? こんなところに武器なんて……」 次の瞬間―― ガシャーン――と、大きな音が反響した。 御子芝が陳列台のケースを叩き割ったのだ。達矢は首をすくめて音に驚いた。 「バ、バカ! なにやってんだよ!」達矢は思わず大声を出した。 御子芝はケースの中から、長いものを取りだし、ほくそ笑んでいた。 「すまぬ。これが欲しかったのだ」 御子芝の手には日本刀が握られていた。彼女は鞘から刀を抜いて、銀色の輝きを眼前にかざした。 「新々刀前期といわれる江戸時代の明和から文政時代に作られた、水心子正秀の作による助広の写しだ。保存状態も良好だな。こんな名刀に出会えるとは、私も幸運だ」 達矢はあきれた。 「そんなもんでどうやって戦うんだよ。白兵戦なんて時代錯誤もいいとこだ」 「そうともいえんぞ。飛び道具が有利なのは、敵との距離があるときだ。狭い室内では刀に勝るものはない」 「そんなもんを使わなくて済むことを願うよ」と達矢。 御子芝はもう一本の刀を取ると、高千穂に渡した。 「それはそうだが、備えは必要だ」 「急いで! 時間は限られてるのよ!」高原はいった。 彼らは忍び歩きをやめて、回廊を全力疾走する。枝分かれする部屋を過ぎるほどに、時代は新しくなり、一九世紀を過ぎ、二〇世紀のフロアに入る。 今度は達矢が立ち止まった。 「待った! おれはここで武器を調達する」 彼は武器コーナーに行くと、ためらうことなくケースを倒して割った。中からは銃器がバラバラと転げ出てくる。達矢は手当たり次第に拳銃を拾うと、ベルトとポケットに押しこんだ。手にはサブマシンガンのVz61スコーピオンを持った。そしてマガジンを取りだして、弾が入っていることを確認する。全長二七〇ミリと見た目は小さいが、重量が一・三キロ、装弾数二〇発の銃はずっしりと重い。弾は七・六五ミリと小さく威力も小さいが、命中精度が高く扱いやすい銃である。銃はきちんと保守されており、油が差したてのように匂っていた。 「分解掃除する必要はなさそうだ。ちゃんとしてる」達矢は一通りのチェックをしていった。 「当然よ。保守はロボットがやってるの。ここにあるものはすべて、最高の状態で保存するようになってるから。究極のリアリズムよ」高原は自慢げにいった。 「エデンは完璧主義者なんだな」 達矢は手にした銃に満足していた。 「おやおやレトロな趣味は、私だけではないらしい」御子芝は苦笑した。 「音と破壊力に威嚇効果があるからだよ。ここの警備員の武器は麻痺銃だけど、殺傷力はない。麻痺銃を防御するシールドスーツでは、鉛の弾は防げないからな。こっちの方が有効な武器だ」 「なるほど、ものはいいようだな」 御子芝は片眉を上げたものの、自分もプラスチックフレームで軽いグロック17を手に取った。 「のぞみもどれか取れよ」達矢はいった。 のぞみは首を振る。 「戦うのはあなたたちにまかせるわ。どうせ、わたしの射撃の腕は赤点なんだから」 「オッケー、のぞみはおれが守ってやるよ」 「頼りにしてる」 武装した彼らは、先を急いだ。 高級住宅が建ちならぶ街並みは、一軒の敷地が広く、車道に対して歩道も広くなっていた。通りには手入れの行き届いた街路樹が茂り、歩道はモザイク画のようなレンガが敷き詰められている。深夜であるため人通りはなく、ときおり高級車が走りすぎていくだけだ。 黒ずくめの服装にリュックを背負った三人は、街灯の影から影へと足早に移動していく。木々の緑の多い造りは心の和む環境ではあるが、同時にセキュリティの観点からは死角を多く作ることにもなっていた。 三人はやがて大きな門構えの邸宅に近づき、周囲の様子をうかがう。門の上には監視カメラがあり、レンズを入口に向けていた。 アンドルーは携帯電話を取りだして、電話する。 「オレだ。現場に着いた。始めてくれ」 《了解。いま電力会社のコンピュータをハッキングしてるわ。キャサリン、あとどのくらい?》電話の相手は理奈だ。 《三〇秒だって。そのへん一帯が停電になるわ。気をつけてね》 「わかった。こちらから連絡するまで、待機してくれ」 アンドルーは電話を切ると、光輝とゲーリーに命じる。 「暗視ゴーグルを」 三人はゴーグルをかける。ラグビーのヘッドキャップに似たもので頭に装着するが、重いカメラ部分が眼前にくるため、頭のバランスを取るのがやっかいだ。 暗視ゴーグルは、人間の眼には暗闇としか感じられないわずかな光を電気的に増幅させる。完全な暗闇では威力は発揮できないが、月や星明かりでも十二分な明るさとして見ることができるのだ。停電になったとしても、今晩は月が出ており、非常灯も点いているため室内でも真っ暗闇というわけではない。 アンドルーは時計の秒針を見つめる。きっかり三〇秒で、一帯の家々からもれてくる明かりが消えた。 「行くぞ。復旧するのにどれほど余裕があるかわからない。すみやかに侵入する」 彼らはゴーグルを通したグリーンの視界の中を、問題の邸宅へと接近する。電動の門は閉じたままロックされているため、二メートルほどの塀に飛びついてよじ登り、敷地内へと侵入した。 三人が敷地内の建物に駆けよっていくと、犬の吠え声が近づいてきた。 「光輝、番犬が来たぞ!」アンドルーは右前方を指さした。 「了解!」光輝は胸ポケットから、小さなスプレー缶を取りだした。 「早くやれよ、すっとんでくるぞ!」ゲーリーは犬の吠え声に顔を歪めた。 「もっと近づかないと効果はないよ」光輝はそういったものの、彼自身が怯えていた。 三匹のシェパードがあと五メートルに迫ると、光輝はスプレーを左右に振り噴射した。スプレーから広がった霧が、迫ってきた犬に降りかかると、吠え声は悲鳴の鳴き声に変わった。犬はバタバタともがき、キャンキャンと鳴きながら逃げていく。光輝が使ったのは護身用スプレーであり、トウガラシエキスのカプサイシンを含んだものである。人間ですら浴びると、催涙効果と異臭に気分が悪くなる代物だ。 「ふぅ〜、第一関門クリアだね」光輝はホッとしていた。 「中に入るぞ」 アンドルーはベルトに差していた、警棒形のスタンガンを握った。五〇万ボルトを発する、強力なタイプだ。 光輝も同様にスタンガンを握った。ゲーリーは上着の下のホルスターから、SIGザウェルP229を取りだす。本物ではなくエアーガンである。エアーガンの弾は六ミリのプラスチックだが、至近距離から肌を直撃すればかなりの激痛である。それが顔面に当たればより強いダメージとなる。射程距離は三〇〜四〇メートルあるが、命中できる有効距離は二〇メートルほどだ。それでも相手をひるませる程度の効果はある。もっとも相手が実銃をもっていないとすればであるが。 彼らは腰を屈めて小走りし、邸宅の裏手へと回る。カーテンが引かれた窓から、中にいる人物が懐中電灯を照らしながら、歩いているのがうかがえた。 裏口に着くと、光輝が鍵を開けるためにピッキングの道具を取りだす。彼は細かい作業が得意なのだ。 「練習の成果を試すときだな」ゲーリーは小声でいった。 「予想通り、裏口の鍵はシリンダー錠だ。これなら簡単だよ」光輝は答えた。 しかし、光輝は作業に取りかかったものの、鍵を開けるのに時間がかかっていた。緊張感と暗視ゴーグル越しの見えにくい視覚のために、戸惑ってしまったのだ。 「一分経過。タイムオーバーだぞ」ゲーリーはイライラしていた。 「黙ってろ。余計に緊張してしまう」アンドルーは注意した。 光輝は三分かかって、ようやく鍵を開けた。 「ごめん、実践がこんなに難しいなんて……」 「シッ! しゃべるな」アンドルーはかすれ声でいった。 裏口を開けて、彼らは邸宅に侵入する。停電のために警報装置も止まっている。 アンドルーはゲーリーを指さすと上の階を指さした。続いて光輝を指さすと地階を指さした。光輝とゲーリーはうなずいた。三人はそれぞれに割り振られた階へと向かった。事前に建物の図面を入手し、部屋の配置は頭に入っているのだ。 アンドルーは一階の部屋の探索を始める。邸宅は日本のものとは思えないほど広く、多くの部屋があった。彼はかすかな話し声が聞こえる方向へと、忍びよっていった。 「犬が吠えてたけど、どうなったの?」 「発情期かな? キャンキャン鳴いてるみたいだ。呼んでも来ないよ」 「電話も通じないの?」 「沈黙してる」 「困ったものね。ラジオはなんて?」 「変電所のコンピュータが停止したらしいよ」 「まったく、日本の危機管理はどうなってるのよ」 「姉さん、ここで愚痴をいってもどうにもならないよ。所詮、二一世紀の技術なんてこんなもんさ」 「せっかくお客様を招いたのに、会合が台無しだわ」 アンドルーは中心になってしゃべっているのが、高原涼子であることを確信した。彼はさらに近づいて、開けられたドアからロウソクの灯された部屋を覗く。長いテーブルの席には、五〜六人の来客がいるようだった。 客のひとりに、アンドルーは見覚えがあった。都庁で理奈たちの写真を撮っていた三〇過ぎの男だ。 (あの野郎も、関わっていたのか?) 「黒井さん、初めて来てもらったのに、申し訳ないわ」 「いえ……別に気にしてないです。そのうち復旧するだろうし。話を続けませんか? ロウソクの明かりでも十分だと思います」 立っていた高原は、テーブルの上座の椅子を引いて座った。 「そうね。こんな深夜に来てもらったのだから、時間は有効に使いましょう」 「まず、僕から質問させてください」 「どうぞ」高原はうなずいた。 「ここにいる……みなさんは、ビジョンを見る人たちなのですね?」 「ええ、そのとおり。見えるビジョンにそれぞれ傾向があるけど、なにがしかのメッセージを受け取った人たちよ。ただ、黒井さんもそうであるように、ビジョンは断片的なの。たいていは脈絡がなくて、時系列もまちまち。断片をつなぎ合わせると、ある程度意味が読みとれると思うの」 「それで……一度に集まって、一緒にビジョンを呼びこもうということでしたよね?」黒井は確認する。 「そういうこと。ビジョンは多くの場合、突然やってくるのだけど、深夜の方が出現頻度は多い傾向にあるの。瞑想に適しているからかもしれないわ」 「來視能力っていってましたよね。その能力は時空の入口を開くのだと」 「そう考えてるわ。ビジョンは時空のチャンネルを開くのよ。といっても、ひとりの能力者で開けるのは情報のチャンネルだけだと思っていたわ。でも、黒井さんが都庁で体験したことから考えると、複数の能力者が共鳴すると、部分的情報だけではなくて、時空そのものにも窓を開けられるかもしれないの」 黒井はうつむいて、都庁での一件を思い出していた。 「たしかに、あのときいた少女と僕は共鳴したと思うんです。いつもはぼんやりしていたイメージが、驚くほど鮮明で、強烈でしたから」 「それを今晩、本格的に実験してみようと思うの。よろしいかしら?」高原は来客を見まわした。 「僕はいいですよ。いままでひとりで抱えていた、このビジョンの謎を解明したいですから。そしてイヴはなにもので、僕はなにものなのかを知りたいんです。すべては変わってしまうといわれたけど、なにが変わったのかを知りたいんですよ」 アンドルーは不吉な予感を感じていた。 (そうか、あのときオレと理奈が転移してしまったのは、奴が時空確率を変動させる、引き金を引いたからなんだ。もし、ここでそれを再びやられたら……。オレはまた転移してしまうかもしれない!) 「ちょっといい?」少女が立ち上がっていった。 「なにかしら? 萩原春奈さん」 発言した少女を見て、アンドルーは一瞬、のぞみだと思った。しかし、似てはいるがいくぶん幼く、背格好も髪型も違っていた。のぞみよりもボーイッシュな少女だった。 「いきなりそういう実験て、危険じゃないの? もし、ほんとうに時空の窓が開いてしまったら、なにが起こるかわかんないじゃない」 高原は微笑みをうかべて答える。 「心配はわかるわ。でも、なん度かすでに予備実験はしているの。萩原さんと黒井さんが参加する前にね。來視能力者にこれといって、問題は起きていないわ。お隣の工藤さんや山口くんがそれに参加したの」 「ふう〜ん。そうなんだ。でも、賛成できないな」春奈は首を振った。 「無理にとはいわないわ。参加したい人だけでいいの」高原は渋い顔をした。 春奈は黒井に顔を向けた。 「黒井さんもやめといた方がいいよ。メール送ったのに、ちゃんと意味を受け取ってもらえなかったのかな?」 「君が? メールを?」 「そっ。『貴方の見たイメージのひとつひとつの意味は、決してないわけじゃありません。わたしが目覚めたことによって生じた変化のうちのひとつだったのだと思います』って。覚えてる?」 黒井は息を呑んで春奈を見た。 「手を引いて欲しかったのよね。話がややこしくなっちゃうから。ここで時空を開かれると超困るのよ」 高原の顔が険しいものに変わった。 「あなた! なにもの!? ジャンパーなの!?」 春奈は首を振った。 「はずれ。でも、涼子さんには未来でお世話になったわよ。わたしが生まれる前だけど」 「なんのことをいってるの!?」 「わたし、いろいろと知ってるんだ。ここに来たのはね、この会合をぶち壊すため」春奈はいたずらっぽく微笑んだ。 高原の弟の涼樹が、春奈の背後に接近していた。彼女を取り押さえようとしているのだ。 アンドルーは少女を助けなくてはいけないと思った。涼樹は彼に背を向けている。彼はスタンガンを構えて、室内へと飛びこんだ。そして涼樹の背中に、スタンガンの電極を押しつけた。涼樹は短くうめいて背中をそらせ、倒れこんだ。 「動くな!!」 一瞬の出来事に、誰もが驚き、凍りついていた。 「全員テーブルの上に両手を出せ!!」アンドルーの命令に、高原以外は従った。 「あなたは……」高原は口ごもった。 「きこえなかったか? 両手を見えるところに出すんだ」 アンドルーはスタンガンを突きつけた。そしてゴーグルをはずした。 「アンドルー!! よかった、来てくれて。停電したから、来ているはずだと思ったのよ。ドキドキしちゃった」春奈はうれしそうにいった。 「君とは初対面のはずだが?」 「うん、そうなんだけど、ちょっといろいろあってね。わたしはあなたを知ってるの」 「無茶なことをしたもんだ。君も來視能力者なのか?」 春奈は大きくうなずいた。 「ママにもよくいわれるわ。無鉄砲だって」 廊下を走ってくる音がして、光輝とゲーリーが現れた。 「どうした!? 大声で!」エアーガンを構えたゲーリーはいった。 「ほかはどうだった?」アンドルーは冷静にきいた。 「二階は収穫なし」とゲーリー。 「地下に面白いものがあったよ。時空確率転送機らしきものが……」光輝は春奈を見て言葉を切った。 春奈は小さく手を振っていた。 「は〜い、光輝とゲーリー」 「誰だい? 君は?」ゲーリーがきいた。 「萩原春奈、よろしくゲーリー」 「ああ……、よろしく……って? なにがどうなってるんだ?」 アンドルーは苦笑いしながら、頭をかいた。 「それがオレにもよくわからないんだ」 苦汁に顔をひそめる高原と、愛らしく微笑む春奈を、彼は交互に見つめる。対称的なふたりの間で、アンドルーはため息をついた。 潜入作戦は思わぬ登場人物と、予想外の展開になっていた。 |