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→第一節「未来の夏」 | 返信 |
【Writer:諌山 裕】 物語の始まりと終わりは、未来。 二五九九年――夏。新世紀を間近にひかえ、世界は深海の闇と圧力に屈したかのように沈んでいた。大地は腐乱することなく乾いたミイラと化し、空からは空気すら殺す勢いで紫外線が降り注いでいる。累々と横たわるコンクリートとジャンクが、殺伐としたモノトーンな墓地の風景にしていた。 かつて“東京”と呼ばれた都市には、主のいなくなったビルが死体となって連なっていた。その多くが度重なる地震や巨大台風のために崩壊し、風化していた。都市の残骸の中には、すでに設計時の耐用年数を超えているにもかかわらず、存在感を誇示している高層ビル群があった。 新宿――。 遠くから砂塵で霞む情景を見ると、高層ビル群は繁栄していた時代を彷彿とさせるものがあった。しかし、見あげるほどに近寄ってみると、壁には亀裂が入り、突然変異して紫外線への耐性を高めた蔦が天へと駈けのぼろうとしていた。堅牢にそびえ立っているかのように見えるビルだが、それは過去の記憶がかすかに想い出せるほどに危ういものだった。いつ崩壊しても不思議ではなかった。 一機の小型フライヤーが低空を飛行しながら、高層ビルに接近する。やがて、ひときわ高いビルを旋回しながら、その屋上へと着陸した。 機体から四人が降り立ち、ビルの中へと消える。 ビルの内部は外から見た以上に荒れて、もろくなっていた。いたるところで床や天上が抜けて穴があき、錆びた鉄骨がむき出しになっている。豪華だった内装は見る影もなく、あばただらけの瓦礫のパズルとなっていた。 四人は注意深く階段を下り、通路を通って広いフロアへと入った。 彼らはかつての都庁ビルの四五階、地上二〇二メートルから、街を見おろしていた。展望室だったフロアは、窓ガラスが割れ、強い風が吹き抜けている。 眼下に都市の匂いはなく、乾いた砂埃が鼻孔をふさぐ。新宿に――死んだ東京の地上にいるのは、彼らだけだった。 彼らは少年少女――メタリックな光沢のあるカーキ色のそろいのジャンプスーツを着た、ふたりの少年とふたりの少女。まだ幼さの残る顔だが、反面大人びた目をしている。 それはこの時代の少年少女たちに共通した特徴だ。 子供たちは十歳を過ぎるころには、一人前になるようにと教育されている。そうしなければ生きていけない世界となっているからだ。 大部分の人類は、宇宙で生活していた。地球上は生きていくには不適切な環境となってしまったのだ。東京を訪れた彼らも、ふだんは軌道上のコロニーで生活している。荒れた地上にやってきたのは、彼らに課せられた任務のためだ。見かけは子供だが、彼らの年齢が人類の希望を託す中核となっていた。 廃墟となった東京――。 彼らの任務はここから始まる。 四人の少年少女たちの中では小柄な、桜井のぞみが破れた窓から恐る恐る街を見下ろす。 「信じられないわ。かつてここに何百万もの人々が住んでいたなんて」 彼女は四人の中で一番背が低かったが、体つきはふくよかで、ジャンプスーツの上からでも胸元はゆるやかなカーブを描いていた。 「あんまり近づくと危ないぞ、のぞみ」 彼女から数歩うしろに立っている神崎達矢が、目を細めていった。彼は背が高く、やや長めの髪を、うしろで束ねている。 「キャッ!」 吹きあげる突風が彼女の髪をもてあそび、のけぞらせた。のぞみはよろめいてあとずさり、光輝に抱きとめられる。 「ほらほら、だからいったじゃないか」 「それって、わざと?」 皮肉な笑みをうかべて、綾瀬理奈はいった。スリムな彼女は、長い髪を背中の中ほどまで垂らし、体の動きはダンサーのような機敏さがある。 腕組みして柱にもたれた理奈は、うんざりしたようにため息をつく。 「もう、いいんじゃない? 見学はこのくらいで。暑いし、埃っぽいし、早く帰りたいわ」 「理奈、これは遠足じゃないんだよ。これから行く世界についての下見なんだから」 片手に携帯リグを持った津川光輝は、リグの画面に顔を向けたまま、上目遣いでいった。彼はやや丸顔で、髪を真ん中から分け、顔を下に向けると目が隠れる。 「リサーチは光輝の仕事でしょ? なんであたしたちまでつきあわなくちゃいけないの?」 「それはみんなが東京のことを知っておく必要があるからだよ。地理関係くらい頭に入れとかなきゃ、すぐに迷子になってしまうよ」 「はは! ばかいわないでよ。こんな腐った都市を見たからって、なにがわかるの? かろうじて残っている残骸じゃない。時間の無駄よ」 理奈は大仰に両手を振った。 「おれも理奈に賛成だな。墓場を見たからってなにも面白いものはないぜ。このビルだっていまにも崩れそうだ」 達矢はのぞみの肩に手をかけていた。理奈はのぞみに鋭い視線を向ける。のぞみは理奈の視線に気がつき、達矢から離れた。 「ええっと、わたしはもうちょっと見てまわりたいな。だって……、もう二度とこの時代には戻って来られないのよ。あ……」 のぞみは口を手で覆った。 彼女の言葉に、全員が黙りこんだ。 考えたくないことを考えさせられることになったからだった。 「ご……ごめんなさい、わたしったら……」 「いいのよ。本当のことだもの。あたしたち、もう決心したんだから。たぶん」 理奈の言葉には、ふだんの自信は感じられなかった。 「そうだな。未来はおれたちの手にかかっているんだ。そう信じている」 達矢は拳を握りしめた。 「大口たたくのが達矢の悪いところよ」 「理奈だって、ずいぶんと大口たたいていると思うけどね」 「失礼ね。あたしは有言実行なの」 達矢と理奈は目をあわせて微笑んだ。 彼らは歩みより、円陣を組んだ。達矢は右手を中心に差しだす。理奈は彼の手に自分の手を重ねた。続いて、のぞみと光輝も重ねた。 それぞれの手の温もりが、内なる熱いものを沸きあがらせる。無言のまま、彼らは仲間の目を見つめる。 「行きましょ。あたしたちのために、過去の地球へ」理奈が言葉を押しだした。 「ええ、誰のためでもない、わたしたちのために。それが世界を救うことになるんだから」のぞみは目を輝かせていた。 「うん、ぼくたちに残された時間は少ない。だったら、もっとスリリングな生き方がしたい」光輝は大きくうなずいた。 「おいおい、みんな自分の都合だけなのか?」 「あんただって、大差ないでしょ? こんな世界で老いて死にたいわけ?」理奈は皮肉っぽくいった。 「いいや。おれは人類の未来のために行く」 達矢は胸を張った。 「嘘つき。嘘つきとは一緒に仕事したくないわ」理奈は辛辣にいった。 「う……」 達矢は三人から懺悔を迫られていた。 深呼吸した達矢は口を開いた。 「じつは、本物のロックコンサートとジャイアンツの試合を生で見たいんだ」 「げー! くだらない動機ね。でも、そのほうが達矢らしいよ」 彼らは重ねた手を握りしめた。 「行こう! おれたちの過去へ」 「もちろん!」 「はい!」 「うん!」 二五九九年夏――。 この時代では一年中夏のような状態になっているが、それでも彼らには特別な意味のある季節だった。 一四歳の少年少女たち。彼らの年齢は人生の夏だ。心も体も、未来に対して希望と可能性を信じられる年頃。しかし、それは束の間の夏だ。 年が明けて、一五歳の誕生日を迎えると、彼らには人生の下り坂が待っている。若さと自由を堪能できるのは、あと一年なのだ。 それは彼らに課せられた使命を達成できる時間も、一年しかないことを意味していた。 時間は限られている――。 だが、少年少女たちは、結果を恐れることなく走ることができる。それが彼らの特権であり、利点なのだ。 いつの時代も、未来を切り開くのは彼らのような人間たちなのだから――。 諌山 裕 mail
2001/11/03土05:06 [1] |