リレー小説『ラスト・フォーティーン』 第三二節「時のユグドラシル」(後半)/諌山 裕

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 三学期の終業式。
 天原学園は緑と春の花に彩られている。校内の桜もつぼみが膨らみ、喜びとほのかな悲しみに淡い色彩の思い出をそえる。思春期の一年は長いようで短く、過ぎた時間は桜の花のようにはかない。そして迎える一年は、期待と試練の未知なる時間だ。
 生徒たちは終業式と礼拝に出席した父母とともに、学園内を散策し、写真を撮ったりくつろぎのひとときを過ごす。
 ひとりの少女が、両手を両親とつないでポプラ並木を歩いている。父親は口髭を生やし、母親は栗色に染めた長い髪をアップにしていた。実年齢よりも老けて見えるようにしているのだ。両親は中学一年の娘の親としては若く、素のままでは少女のクラスの中でも目を引いてしまうだろう。見た目には年の離れた兄弟といっても通用するほどだからだ。
「いよいよ四月からは二年生ね」母親がいった。
「いろいろと大変だったからね。でも、まだしばらく気は抜けないな」と父親。
 少女は屈託のない笑顔を両親に向けた。
「心配しなくていいわ。わたしはちゃんとやれるから。わたしのことよりも、パパとママの方が心配。学校に来るたびに、深刻な顔してるもん」
 父親はため息をついたものの、微笑んでいた。
「あまり目立った行動はするなよ。彼らに勘づかれるには早すぎるんだ。おまえは彼らとは距離をおいて観察するだけでいい」
「いつまでスパイを続けるわけ? そろそろ機は熟していると思うけど?」少女は真剣な顔になった。
「まだだよ。あと一週間前後だ。タイミングが大事なんだ。早すぎると歴史の歯車が狂ってしまう」父親はせっかちな娘をたしなめた。
 娘は肩をすくめた。
「どっちにしても、明日から春休みだし、他の生徒に紛れて接近するのは無理だわ。これまでだって直接顔を合わせることは避けてきたけど、それも難しくなるのよ」
 親子は寮の前に差しかかった。両親は足を止めて、しばらくの間、寮を見つめる。その目は潤んでいた。
 再び歩き始めた親子は、足早に東門に向かって並木道を進んでいく。
「彼らはそろそろ行動を起こすはずだ。私たちは彼らを見守りつつ、最悪のシナリオを阻止しなくてはならない。彼らは重要な鍵だからだ」父親は決然といった。
「わかってるわよ、パパ」
 母親は心配そうに娘を見る。
「あなたはパパに似て無鉄砲なところがあるから、無茶しないでよ」
「はいはい、ママは心配性ね」
「慎重に行動して欲しいのよ、春奈」
「了~解」
 少女は敬礼の仕草をして微笑んだ。両親も快活な娘に微笑んだ。
 天原庭園の木々は、さわさわと風に微笑んでいるかのようだった。

 郷田邸の三階の窓から、理奈は外を眺めていた。終業式から帰る親子の姿が、並木道を歩いている。談笑する親子に、彼女はうらやましさを覚えて微笑んだ。
「あたしも……あういう風になりたいわ……」
 両親になにごとかをいっている少女の姿が、理奈はのぞみに似ていると思った。
「どうしたの?」ジャネットが理奈の隣に並んだ。
 理奈は涙ぐんでいた目をこすった。
「ちょっと、うらやましいなって」
「先のこといろいろと心配してもしょうがないわよ。今を精一杯生きるだけ」
「終業式には出たかったわね」
「そうね、制服が着られればの話だけど」ジャネットは苦笑した。
 彼女たちは式に出られないわけではなかった。だが、彼女たちは辞退したのだ。ただでさえ関心を集めていただけに、父母の集まる場に出ることで、無用な注目を招きたくないと思ったからだ。
「アンドルーたちは今晩、決行するのね」理奈はひとりごちた。
「心配よね。ミイラ取りがミイラにならなきゃいいけど……」
「縁起でもないこといわないでよ」
「やっぱり、まともな武器を調達するべきだったかも。スタンガンとエアーガンだなんて、ただのオモチャじゃない」
「あなたが反対したんでしょ?」
「そうだけど、敵の出方はわからないのよ。だんだん心配になってきたの」
 理奈とジャネットはため息をついた。
「キャサリンは?」理奈はきいた。
「地下室にこもってるわ。スパコンの再構築をしてるのよ。彼女も心配なのね、いろいろと。特に彼女は虚弱体質だから、母体の負担が大きいのよ。動けなくなる前に、スパコンを元通りにしようと頑張ってるわ。仕事をすることで不安を隠してるみたい」
 理奈はきびすを返した。
「あたしたちも手伝いに行こう。なにかできることをしなくちゃ」
「そうね」
 ふたりは大きくなったお腹でぎこちなく歩いてエレベーターに乗りこみ、地下室へと降りていった。

 人気のない長い回廊は、いくつもの部屋に分岐し、それぞれの部屋が人類の歴史を物語っていた。かすかに低く唸る音の中に、ヒタヒタと忍び足が断続的に響く。
「DPTはどこだ?」達矢はかすれた声でいった。
「もっと奥よ。フロアは時代順に並んでいるの。このへんはまだ江戸時代よ」高原も小声で答えた。
「ちょっと待ってくれ」御子芝は足を止めた。
「なんだよ? 先を急がなくちゃ」達矢は急かす。
「武器だ。このあたりだと思うのだが……」
 御子芝は江戸時代のフロアの中に入り、陳列された過去の遺物を物色する。
「なに探してんだよ? こんなところに武器なんて……」
 次の瞬間――
 ガシャーン――と、大きな音が反響した。
 御子芝が陳列台のケースを叩き割ったのだ。達矢は首をすくめて音に驚いた。
「バ、バカ! なにやってんだよ!」達矢は思わず大声を出した。
 御子芝はケースの中から、長いものを取りだし、ほくそ笑んでいた。
「すまぬ。これが欲しかったのだ」
 御子芝の手には日本刀が握られていた。彼女は鞘から刀を抜いて、銀色の輝きを眼前にかざした。
「新々刀前期といわれる江戸時代の明和から文政時代に作られた、水心子正秀の作による助広の写しだ。保存状態も良好だな。こんな名刀に出会えるとは、私も幸運だ」
 達矢はあきれた。
「そんなもんでどうやって戦うんだよ。白兵戦なんて時代錯誤もいいとこだ」
「そうともいえんぞ。飛び道具が有利なのは、敵との距離があるときだ。狭い室内では刀に勝るものはない」
「そんなもんを使わなくて済むことを願うよ」と達矢。
 御子芝はもう一本の刀を取ると、高千穂に渡した。
「それはそうだが、備えは必要だ」
「急いで! 時間は限られてるのよ!」高原はいった。
 彼らは忍び歩きをやめて、回廊を全力疾走する。枝分かれする部屋を過ぎるほどに、時代は新しくなり、一九世紀を過ぎ、二〇世紀のフロアに入る。
 今度は達矢が立ち止まった。
「待った! おれはここで武器を調達する」
 彼は武器コーナーに行くと、ためらうことなくケースを倒して割った。中からは銃器がバラバラと転げ出てくる。達矢は手当たり次第に拳銃を拾うと、ベルトとポケットに押しこんだ。手にはサブマシンガンのVz61スコーピオンを持った。そしてマガジンを取りだして、弾が入っていることを確認する。全長二七〇ミリと見た目は小さいが、重量が一・三キロ、装弾数二〇発の銃はずっしりと重い。弾は七・六五ミリと小さく威力も小さいが、命中精度が高く扱いやすい銃である。銃はきちんと保守されており、油が差したてのように匂っていた。
「分解掃除する必要はなさそうだ。ちゃんとしてる」達矢は一通りのチェックをしていった。
「当然よ。保守はロボットがやってるの。ここにあるものはすべて、最高の状態で保存するようになってるから。究極のリアリズムよ」高原は自慢げにいった。
「エデンは完璧主義者なんだな」
 達矢は手にした銃に満足していた。
「おやおやレトロな趣味は、私だけではないらしい」御子芝は苦笑した。
「音と破壊力に威嚇効果があるからだよ。ここの警備員の武器は麻痺銃だけど、殺傷力はない。麻痺銃を防御するシールドスーツでは、鉛の弾は防げないからな。こっちの方が有効な武器だ」
「なるほど、ものはいいようだな」
 御子芝は片眉を上げたものの、自分もプラスチックフレームで軽いグロック17を手に取った。
「のぞみもどれか取れよ」達矢はいった。
 のぞみは首を振る。
「戦うのはあなたたちにまかせるわ。どうせ、わたしの射撃の腕は赤点なんだから」
「オッケー、のぞみはおれが守ってやるよ」
「頼りにしてる」
 武装した彼らは、先を急いだ。

 高級住宅が建ちならぶ街並みは、一軒の敷地が広く、車道に対して歩道も広くなっていた。通りには手入れの行き届いた街路樹が茂り、歩道はモザイク画のようなレンガが敷き詰められている。深夜であるため人通りはなく、ときおり高級車が走りすぎていくだけだ。
 黒ずくめの服装にリュックを背負った三人は、街灯の影から影へと足早に移動していく。木々の緑の多い造りは心の和む環境ではあるが、同時にセキュリティの観点からは死角を多く作ることにもなっていた。
 三人はやがて大きな門構えの邸宅に近づき、周囲の様子をうかがう。門の上には監視カメラがあり、レンズを入口に向けていた。
 アンドルーは携帯電話を取りだして、電話する。
「オレだ。現場に着いた。始めてくれ」
《了解。いま電力会社のコンピュータをハッキングしてるわ。キャサリン、あとどのくらい?》電話の相手は理奈だ。
《三〇秒だって。そのへん一帯が停電になるわ。気をつけてね》
「わかった。こちらから連絡するまで、待機してくれ」
 アンドルーは電話を切ると、光輝とゲーリーに命じる。
「暗視ゴーグルを」
 三人はゴーグルをかける。ラグビーのヘッドキャップに似たもので頭に装着するが、重いカメラ部分が眼前にくるため、頭のバランスを取るのがやっかいだ。
 暗視ゴーグルは、人間の眼には暗闇としか感じられないわずかな光を電気的に増幅させる。完全な暗闇では威力は発揮できないが、月や星明かりでも十二分な明るさとして見ることができるのだ。停電になったとしても、今晩は月が出ており、非常灯も点いているため室内でも真っ暗闇というわけではない。
 アンドルーは時計の秒針を見つめる。きっかり三〇秒で、一帯の家々からもれてくる明かりが消えた。
「行くぞ。復旧するのにどれほど余裕があるかわからない。すみやかに侵入する」
 彼らはゴーグルを通したグリーンの視界の中を、問題の邸宅へと接近する。電動の門は閉じたままロックされているため、二メートルほどの塀に飛びついてよじ登り、敷地内へと侵入した。
 三人が敷地内の建物に駆けよっていくと、犬の吠え声が近づいてきた。
「光輝、番犬が来たぞ!」アンドルーは右前方を指さした。
「了解!」光輝は胸ポケットから、小さなスプレー缶を取りだした。
「早くやれよ、すっとんでくるぞ!」ゲーリーは犬の吠え声に顔を歪めた。
「もっと近づかないと効果はないよ」光輝はそういったものの、彼自身が怯えていた。
 三匹のシェパードがあと五メートルに迫ると、光輝はスプレーを左右に振り噴射した。スプレーから広がった霧が、迫ってきた犬に降りかかると、吠え声は悲鳴の鳴き声に変わった。犬はバタバタともがき、キャンキャンと鳴きながら逃げていく。光輝が使ったのは護身用スプレーであり、トウガラシエキスのカプサイシンを含んだものである。人間ですら浴びると、催涙効果と異臭に気分が悪くなる代物だ。
「ふぅ~、第一関門クリアだね」光輝はホッとしていた。
「中に入るぞ」
 アンドルーはベルトに差していた、警棒形のスタンガンを握った。五〇万ボルトを発する、強力なタイプだ。
 光輝も同様にスタンガンを握った。ゲーリーは上着の下のホルスターから、SIGザウェルP229を取りだす。本物ではなくエアーガンである。エアーガンの弾は六ミリのプラスチックだが、至近距離から肌を直撃すればかなりの激痛である。それが顔面に当たればより強いダメージとなる。射程距離は三〇~四〇メートルあるが、命中できる有効距離は二〇メートルほどだ。それでも相手をひるませる程度の効果はある。もっとも相手が実銃をもっていないとすればであるが。
 彼らは腰を屈めて小走りし、邸宅の裏手へと回る。カーテンが引かれた窓から、中にいる人物が懐中電灯を照らしながら、歩いているのがうかがえた。
 裏口に着くと、光輝が鍵を開けるためにピッキングの道具を取りだす。彼は細かい作業が得意なのだ。
「練習の成果を試すときだな」ゲーリーは小声でいった。
「予想通り、裏口の鍵はシリンダー錠だ。これなら簡単だよ」光輝は答えた。
 しかし、光輝は作業に取りかかったものの、鍵を開けるのに時間がかかっていた。緊張感と暗視ゴーグル越しの見えにくい視覚のために、戸惑ってしまったのだ。
「一分経過。タイムオーバーだぞ」ゲーリーはイライラしていた。
「黙ってろ。余計に緊張してしまう」アンドルーは注意した。
 光輝は三分かかって、ようやく鍵を開けた。
「ごめん、実践がこんなに難しいなんて……」
「シッ! しゃべるな」アンドルーはかすれ声でいった。
 裏口を開けて、彼らは邸宅に侵入する。停電のために警報装置も止まっている。
 アンドルーはゲーリーを指さすと上の階を指さした。続いて光輝を指さすと地階を指さした。光輝とゲーリーはうなずいた。三人はそれぞれに割り振られた階へと向かった。事前に建物の図面を入手し、部屋の配置は頭に入っているのだ。
 アンドルーは一階の部屋の探索を始める。邸宅は日本のものとは思えないほど広く、多くの部屋があった。彼はかすかな話し声が聞こえる方向へと、忍びよっていった。
「犬が吠えてたけど、どうなったの?」
「発情期かな? キャンキャン鳴いてるみたいだ。呼んでも来ないよ」
「電話も通じないの?」
「沈黙してる」
「困ったものね。ラジオはなんて?」
「変電所のコンピュータが停止したらしいよ」
「まったく、日本の危機管理はどうなってるのよ」
「姉さん、ここで愚痴をいってもどうにもならないよ。所詮、二一世紀の技術なんてこんなもんさ」
「せっかくお客様を招いたのに、会合が台無しだわ」
 アンドルーは中心になってしゃべっているのが、高原涼子であることを確信した。彼はさらに近づいて、開けられたドアからロウソクの灯された部屋を覗く。長いテーブルの席には、五~六人の来客がいるようだった。
 客のひとりに、アンドルーは見覚えがあった。都庁で理奈たちの写真を撮っていた三〇過ぎの男だ。
(あの野郎も、関わっていたのか?)
「黒井さん、初めて来てもらったのに、申し訳ないわ」
「いえ……別に気にしてないです。そのうち復旧するだろうし。話を続けませんか? ロウソクの明かりでも十分だと思います」
 立っていた高原は、テーブルの上座の椅子を引いて座った。
「そうね。こんな深夜に来てもらったのだから、時間は有効に使いましょう」
「まず、僕から質問させてください」
「どうぞ」高原はうなずいた。
「ここにいる……みなさんは、ビジョンを見る人たちなのですね?」
「ええ、そのとおり。見えるビジョンにそれぞれ傾向があるけど、なにがしかのメッセージを受け取った人たちよ。ただ、黒井さんもそうであるように、ビジョンは断片的なの。たいていは脈絡がなくて、時系列もまちまち。断片をつなぎ合わせると、ある程度意味が読みとれると思うの」
「それで……一度に集まって、一緒にビジョンを呼びこもうということでしたよね?」黒井は確認する。
「そういうこと。ビジョンは多くの場合、突然やってくるのだけど、深夜の方が出現頻度は多い傾向にあるの。瞑想に適しているからかもしれないわ」
「來視能力っていってましたよね。その能力は時空の入口を開くのだと」
「そう考えてるわ。ビジョンは時空のチャンネルを開くのよ。といっても、ひとりの能力者で開けるのは情報のチャンネルだけだと思っていたわ。でも、黒井さんが都庁で体験したことから考えると、複数の能力者が共鳴すると、部分的情報だけではなくて、時空そのものにも窓を開けられるかもしれないの」
 黒井はうつむいて、都庁での一件を思い出していた。
「たしかに、あのときいた少女と僕は共鳴したと思うんです。いつもはぼんやりしていたイメージが、驚くほど鮮明で、強烈でしたから」
「それを今晩、本格的に実験してみようと思うの。よろしいかしら?」高原は来客を見まわした。
「僕はいいですよ。いままでひとりで抱えていた、このビジョンの謎を解明したいですから。そしてイヴはなにもので、僕はなにものなのかを知りたいんです。すべては変わってしまうといわれたけど、なにが変わったのかを知りたいんですよ」
 アンドルーは不吉な予感を感じていた。
(そうか、あのときオレと理奈が転移してしまったのは、奴が時空確率を変動させる、引き金を引いたからなんだ。もし、ここでそれを再びやられたら……。オレはまた転移してしまうかもしれない!)
「ちょっといい?」少女が立ち上がっていった。
「なにかしら? 萩原春奈さん」
 発言した少女を見て、アンドルーは一瞬、のぞみだと思った。しかし、似てはいるがいくぶん幼く、背格好も髪型も違っていた。のぞみよりもボーイッシュな少女だった。
「いきなりそういう実験て、危険じゃないの? もし、ほんとうに時空の窓が開いてしまったら、なにが起こるかわかんないじゃない」
 高原は微笑みをうかべて答える。
「心配はわかるわ。でも、なん度かすでに予備実験はしているの。萩原さんと黒井さんが参加する前にね。來視能力者にこれといって、問題は起きていないわ。お隣の工藤さんや山口くんがそれに参加したの」
「ふう~ん。そうなんだ。でも、賛成できないな」春奈は首を振った。
「無理にとはいわないわ。参加したい人だけでいいの」高原は渋い顔をした。
 春奈は黒井に顔を向けた。
「黒井さんもやめといた方がいいよ。メール送ったのに、ちゃんと意味を受け取ってもらえなかったのかな?」
「君が? メールを?」
「そっ。『貴方の見たイメージのひとつひとつの意味は、決してないわけじゃありません。わたしが目覚めたことによって生じた変化のうちのひとつだったのだと思います』って。覚えてる?」
 黒井は息を呑んで春奈を見た。
「手を引いて欲しかったのよね。話がややこしくなっちゃうから。ここで時空を開かれると超困るのよ」
 高原の顔が険しいものに変わった。
「あなた! なにもの!? ジャンパーなの!?」
 春奈は首を振った。
「はずれ。でも、涼子さんには未来でお世話になったわよ。わたしが生まれる前だけど」
「なんのことをいってるの!?」
「わたし、いろいろと知ってるんだ。ここに来たのはね、この会合をぶち壊すため」春奈はいたずらっぽく微笑んだ。
 高原の弟の涼樹が、春奈の背後に接近していた。彼女を取り押さえようとしているのだ。
 アンドルーは少女を助けなくてはいけないと思った。涼樹は彼に背を向けている。彼はスタンガンを構えて、室内へと飛びこんだ。そして涼樹の背中に、スタンガンの電極を押しつけた。涼樹は短くうめいて背中をそらせ、倒れこんだ。
「動くな!!」
 一瞬の出来事に、誰もが驚き、凍りついていた。
「全員テーブルの上に両手を出せ!!」アンドルーの命令に、高原以外は従った。
「あなたは……」高原は口ごもった。
「きこえなかったか? 両手を見えるところに出すんだ」
 アンドルーはスタンガンを突きつけた。そしてゴーグルをはずした。
「アンドルー!! よかった、来てくれて。停電したから、来ているはずだと思ったのよ。ドキドキしちゃった」春奈はうれしそうにいった。
「君とは初対面のはずだが?」
「うん、そうなんだけど、ちょっといろいろあってね。わたしはあなたを知ってるの」
「無茶なことをしたもんだ。君も來視能力者なのか?」
 春奈は大きくうなずいた。
「ママにもよくいわれるわ。無鉄砲だって」
 廊下を走ってくる音がして、光輝とゲーリーが現れた。
「どうした!? 大声で!」エアーガンを構えたゲーリーはいった。
「ほかはどうだった?」アンドルーは冷静にきいた。
「二階は収穫なし」とゲーリー。
「地下に面白いものがあったよ。時空確率転送機らしきものが……」光輝は春奈を見て言葉を切った。
 春奈は小さく手を振っていた。
「は~い、光輝とゲーリー」
「誰だい? 君は?」ゲーリーがきいた。
「萩原春奈、よろしくゲーリー」
「ああ……、よろしく……って? なにがどうなってるんだ?」
 アンドルーは苦笑いしながら、頭をかいた。
「それがオレにもよくわからないんだ」
 苦汁に顔をひそめる高原と、愛らしく微笑む春奈を、彼は交互に見つめる。対称的なふたりの間で、アンドルーはため息をついた。
 潜入作戦は思わぬ登場人物と、予想外の展開になっていた。