リレー小説『ラスト・フォーティーン』 第二四節「ある夜のイヴたちへ」/皆瀬仁太

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 晩秋。
 風に揺れる紅葉が、濃く、鮮やかだ。
 もみじ葉は、美しく色づいて来た季節と冬とを隔てる、境界線といえるのかもしれない。やがて本格的に葉は降りはじめ、生じた隙間から少しずつ冷たい風が吹き込んで来るのである。

 また、冬が来る――。
 そんなつぶやきが聞こえたような気がした。
 
 また、ふたたび、繰り返し……いつまでも巡る季節。
 それが幻想であることは、誰でも知っている。知ってはいるが、「形あるものはいつか……」という程度の、実感を伴わない、漠然とした意味でのことだった。
 この歴史の延長上、たかだか四~五百年先に幻想の終焉が訪れることなど、フィクション以外にはありえないの世界観なのである。
(警鐘を鳴らしたらどうだろう?)
 怪しげな宗教活動と思われてしまうだろうか?
 もしかしたら、いまの人々にとっては四百年先も、たとえば地球や太陽が星としての寿命を終えるぞ、というくらいに実感のない話なのかもしれない。
 だからこそ、二十六世紀は死にかけているのだろう。

 警鐘は鳴らしているの。不安を感じている人も増えている――。

 午前二時二十五分。目を覚まして、かたわらの少女と話している。
 そんな夢を見ていた。
 夢であることを自覚しながら。
 夢でないこともまた、自覚しながら。

 季節の永遠(とわ)の循環。
 幻想。
 もし、それが人々の願いになったとしたら、歴史は変わるのではないだろうか?

 祈り。祈りにならないと。祈りにしないと。
 祈りになれば、歴史は変わるの?
 ううん。分岐点が見えるの。
 分岐点?
 そう。どっちにいくかの分岐点。
 どっちにいくか? そこを間違えなければ破滅は避けられるのね?
 違うよ。
 違う?
 うん。どこを選んでも破滅だもの。

    * * *

 なぜ地球にこだわるのか?
 コロニーに生まれ、コロニーに育った人々には、ときとしてそれは滑稽なことであった。 より安全な環境をつくることにこそ、予算と時間と人材を割くべきではないか?
 たしかに平均寿命を最盛時と比較すれば、四分の一程度にすぎない。しかし、その分、生きている密度の濃さが違うのだ。長寿だが無気力だった時代の、何倍ものアカデミックな、あるいは芸術的な成果が残されている。
 なにより、もともと二十数年の平均寿命として生まれて来た彼らには、現在の状況が普通であり、大昔の長命族のように生きようとは思わないのである。
 こんな思想が少しずつ芽を出しはじめていた。
 この思想を支えるのは、「人類の寿命は、これ以上短くならない」という、ある学派の出した結論であり、その結論の信憑性は、彼らがバイオハザード以前のヒト遺伝子の大量入手に成功したために百パーセントである、といわれている。
 ただし、このことは噂の域を出ていない。いや、むしろ噂にとどめようとしている節があった。理由は単純に国益がらみといわれている。
 彼らは、自分たちの優位をリセットされることを当然好まず、イヴ・プロジェクトに対して警戒心を持っていた。警戒心が、敵対に変わるのは、プロジェクトの影響が人類の歴史全般におよぶ可能性が極めて高いという計算結果のためであった。

    * * *

 個人の利益のためにプロジェクトを妨害するなんて許されるはずがないわ。
 でも、それが現実なの。それより、人は滅亡しないかもしれないの。このままなにもしなければ。
 ……。
 人にとってはどっちがいいのかな? 正義が滅ぼすのと、悪が救うのと。
 違うわ。違う。間違ってるわ。
 なにが?
 人の根源に手を加えること、それが間違いだったから、滅亡しかけていたのよ。また同じことを繰り返すだけじゃない。
 そう思う?
 ええ。わたしたちのやってることがマイナスだったなんて思いたくないけど、もし、未来が救えるなら、任務を放棄したっていい。でも、その方法は間違ってる。また同じように人は手を加えられてゆくわ。今度はうまくいくはずだ、ってね。
 うまくいって繁栄するかもしれないのに?
 うまくいかないわ。
 わかるの?
 わかる。
 そうね、正解。
 え?
 だって、そんな美しい未来、だれも視ていないもの。

    * * *

 歴史が書き換えられるということは、人々の喜怒哀楽のすべてが無に帰することでもある。それまで存在していた彼らを消してしまっていいのか? そんな権利は我々にあるのか?
 人権派と称する連中のこの運動は、意外と反響を呼んだ。賛否両論の反響である。
 歴史を変えるなどということをせずに救われる道がないか、もっと考えるべきだ、という主張は、正論だった。しかし、では代案があるかといえば、そこは空洞だったのである。
 その空洞部分にはめ込まれたのが、ヒト遺伝子の先祖返り計画だった。
 過去へ送る連中に、その時代の遺伝子のできるだけ多く未来へ残す作業をメインにするよう計画を切り換えるべきだ、と主張しはじためのであった。この主張は、しだいに賛同者を増やしつつあった。

    * * *

 あなたが失敗できない理由。新しいチームは遺伝子確保の方向で動くの。もう、あなたたちの仲間は来ない。それに危険。
 どういうこと?
 イヴ・プロジェクト自体をつぶすことを目的にしたチームもあるの。あなたたちが危険なの。
 そんな……。
 でも、あなたたちだって、イヴの抹殺だって考えていたでしょ? 同じこと。
 違うわ!
 違わない。
 違う。いまはイヴをどうこうしようなんて思ってない。それは情報不足だったから考えたひとつの可能性だわ。でも、間違ってた。イヴをどうにかするんじゃない。イヴといっしょにやらなきゃいけないんだわ。
 なんでそう思うの?
 わからない。でも、あの声がイヴだったとしたら。
 だったとしたら?
 イヴはあたたかかった。
 イヴはあたたかいの。でも、プロジェクトはあたたかくない。
 どういう意味?
 イヴ・プロジェクトはね――

    * * *

 歴史が書き替えられる可能性がかなり高い確率で存在することが示唆されていた。それは避けなくてはならない。いらない人間は滅べばいいのであって、すべてをリセットする必要はないのだ。
 イヴの芽はつまなくてはならない、評議会はそう結論した。
 ミレニアム・イヴ抹殺計画、これが本来のイヴ・プロジェクトなのだ。ゆえに、過去に送り出されるチームには、深層意識下に命令が刷り込まれている。
 ――まことしやかにそんな噂が流れた。
 真偽のほどは、恐ろしいことに、定かではなかったのである。

    * * *

 ……そんなバカなこと。
 どうかな? ほんとかな? うそかな?
 嘘に決まってるでしょ。
 嘘じゃないところもあるの。
 ……
 いるのよ、意識の下にイヴに敵対する刻印をされているひとたち。あなたのまわりにも。
 嘘よ!
 どうかな?
 信じない。
 それもいいかもね。
 ……
 ……
 ……
 ……
 ……ねえ。
 なあに?
 あなた誰なの? イヴじゃないの?
 イヴじゃない。だって――
 だって?
 イヴはあなたの中にいるんだもの。

    * * *

 午前六時。
 のそみは目を覚ました。

 理奈は目を覚ました。

 キャサリンは目を覚ました。

 ジャネットは目を覚ました。

 そして次々と……。