私立「聖天原学園中学校」の文化祭――天原祭を二週間後に控えて、校内の雰囲気は徐々にテンションが高くなっていた。
天原祭は生徒たちが中心となって企画・運営され、各学年、各クラスから選ばれた実行委員によって、天原祭実行委員会が組織される。天原祭実行委員会には、予算の権限もある程度まで与えられていた。それは生徒の自主性と独創性を育成するという、学園の方針でもあった。
浮かれる生徒にあおられるように、教師たちにも天原祭に向けて熱が入っていた。ことに文化系クラブの顧問は、本来の授業以上の入れこみようであった。
立原美咲も例外ではなかった。彼女は天文部の顧問をしていたからだ。天文部の今年のテーマは、“五〇〇年後の地球”だった。部員にスタートレックファンが多いということもあって、選ばれたテーマだった。
各クラブがなにをするかは、パンフレットができあがる直前まで詳細は公開されない。企画が似通っていたり、同系列のクラブ同士が影響されずに独自性を出すためだ。とはいうものの、それは表向きの理由で、実際のところささやかな秘密を共有することで部員を結束させることにもなっていた。加えて、みんなを驚かせたいという意図もあった。全体を把握しているのは、実行委員会だけである。
にもかかわらず、天文部の企画に菅原が顔を出していた。彼が熱烈なSFファンであり、スタートレックファンであることは周知のことだった。そして部員が展示物の一部として、菅原秘蔵のコレクションを貸して欲しいと申し入れていた。彼は二つ返事で承諾した。マニアとしてのコレクション自慢癖があったことと、放課後、立原と会える口実にもなったからだ。
菅原は理科室に集まった生徒たちを相手に、スタートレック話に熱弁を振るっていた
「やれやれ……」
立原は腕組みしてため息をついた。
「これじゃ、どっちが顧問だか、わからないわね」
企画の中心は、スタートレック・ボイジャーの天体測定ラボをイメージして展開するというものだった。
部員たちの意見に耳を貸しながら、菅原は顔は輝いていた。立原はそんな彼を微笑ましく思った。同時に、自分の気持ちに驚いて首を振った。
(私ったら、なに考えてるのよ!)
「なるほど、なかなかいいアイデアだね。そうだなー……、ひとつ、提案があるんだが?」
菅原は立原に顔を向けた。
立原は首を傾げた。
「立原先生に、セブン・オブ・ナインのコスチュームで登場してもらってはどうだろう?」
「賛成!」
生徒から拍手と賛同の声が上がった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! セブンのコスチュームって……」
立原もそれがどんなものであるかは知っていた。上映するためにと、菅原が持ちこんだレーザーディスクを延々と見せられていたのだ。
セブンの着ているコスチュームは、体のラインがくっきりと出る、タイトなボディスーツである。スタイルに自信がなくては着られないものだ。
立原はセブン姿の自分を想像して、顔が紅潮した。
「だめよ! 却下!」
「賛成の人?」
菅原はそういって率先して手を挙げた。部員も全員が手を挙げた。
部長が咳払いして、立ちあがった。
「多数決により、立原先生にセブンをお願いします」
「先生のスタイルならバッチリですよ」
菅原は大きくうなずいた。彼の顔は、ネジが数本はずれたかのようにゆるんでいた。
立原はつられて引きつった笑みを浮かべた。彼女は科学的な探求心を持つ、セブンのキャラクターに共感もしていたのだ。悪くないかもしれない――と、彼女は思い始めていた。
その時、校内放送のチャイムが鳴った。
《立原先生、菅原先生、理事長室まで至急いらしてください》
名前を呼ばれた立原と菅原は、互いに顔を見あわせて立ちあがると、理科室を出て理事長室へと向かった。
立原と菅原が理事長室に入ると、二年の各クラス担任と副担任が部屋の片側に集まっていた。向かい側には四人の生徒がかしこまって椅子に座っている。生徒は外国人で、立原と菅原にも見覚えのない子だった。
全員がそろったところで、郷田会長が口を開いた。
「突然で申し訳ないが、この四人を転入生として迎えることになった。先生方、よろしくお願いする」
「またですか?」
立原は思わず声に出してしまって、あわてて口に手を当てた。
郷田は苦笑した。
「いや、立原先生の言い分はもっともだな。変則的で事前の打診もできなかったことは、申し訳ないと思っている。彼らにもいろいろと複雑な事情があるのだよ。このわしが保証人として責任を持つ。天原祭前で大変かとは思うが、彼らがスムーズに学園に馴染めるよう、面倒を見て欲しい。
君たち、自己紹介を」
郷田にうながされて、四人は立ちあがった。
「アンドルー・ラザフォードです」
「ジャネット・リーガン」
「キャサリン・シンクレア」
「オレ……じゃないぼくは、ゲーリー・ブッシュ」
四人はそれぞれに名前をいい、手を差しだして教師たちと握手した。郷田は握手する先生を紹介していった。
学年長がそれぞれの編入されるクラスを発表する。
「一組に、ジャネット・リーガンさん。三組に、ゲーリー・ブッシュ君。四組にアンドルー・ラザフォード君とキャサリン・シンクレア さんとなります。全員アメリカ人ですが、日本語はかなり流暢です。話し言葉についてはさほど問題はないと思います。親御さんはアメリカ軍関係者で、昨今の世界情勢のために日本には不在です。そのため当校の寄宿舎に入ります」
一通りの紹介と説明が終わると、四人の転入生は担任に連れられて理事長室を出ていく。
「ああ、立原先生と菅原先生は残ってくれないか」
郷田はふたりを呼び止めた。
「はい?」
菅原はきょとんとして立ち止まった。そもそも担任ではない自分が呼ばれたことにも、疑問を持っていたのだ。
「まぁ、座ってくれ」
郷田は席を勧めた。
「吸ってもいいかね?」
郷田はタバコの箱を取りだして振った。
ふたりはうなずいた。
タバコに火をつけた彼は、深々と煙を吸いこむ。思案げに煙を見つめ、そこから言葉を取りだそうとしているかのようだ。
立原と菅原は、沈黙したまま郷田を見つめていた。
「彼らは、特別な子供たちだ」
郷田は唐突にいった。
「はぁ?」
菅原は首を傾げた。
「あの四人がですか?」
立原はきいた。
「あの四人もだ。先に転入した、綾瀬、神崎、津川、桜井、御子芝、高千穂も加えた、十人のことだよ」
「たしかに異例ですね。しかも、会長が保証人ですし」
立原はずっと抱き続けていた疑問を口にした。
「むむ。それがわしの使命だと思っているからだよ。彼らを助けることが」
「それで、私たちふたりを残した理由は?」
「そうそう、立原先生はわかりますが、なぜ技術家庭の僕が?」
郷田は真剣な眼差しをふたりに向けた。
「君たちなら信頼できるだろうし、理解できると思ったからだ」
「はぁ?」
菅原はポカンと口をあけた。
郷田はニヤリと笑った。
「一度にすべてを話すには無理がある。おいおい話していこう。ともかく、彼らを見守ってくれ。そして、助けてやってくれ。彼らは普通の十四歳ではない。いまいえることはそれだけだ」
立原は好奇心をおおいにくすぐられていた。自分が彼らに感じていた違和感が、たんなる思いこみではないらしいからだ。
「土曜の夜は時間があるかね? うちで夕食でもどうかな?」
ふたりは郷田の招待を受けることにした。
津川光輝は学校のはずれ、ポプラ並木が終わるところにあるベンチに、ひとりで座っていた。ベンチのうしろには、彼らが未来に宛てたメッセージカプセルが埋まっている。
もし、返信が来るとすれば同じ場所に来るだろうと思っていた。見張っているわけではなかったが、未来と自分をつなぐ、唯一の方法だ。彼はここに来ずにはいられなかった。
しかし、いまだに返信は来なかった。それは予想されたことだった。過去からのメッセージが届く可能性は低かったからだ。
「あまり期待はしないことよ。私たちだけで、なんとかするしかないんだから」
理奈は足しげく通う彼をたしなめた。
「そうかもしれないけど、未来からの助言があれば、ミッションはより確かなものになるんだよ」
彼はこの場所に毎日通い、小一時間ほど考えごとをしながら過ごしていた。
「ミレニアム・イヴ……か……」
光輝はひとりごちた。
数日前、メールを送っていた黒井正直から返信が届き、彼が描いたという絵が添付されていた。
その絵は、四人に衝撃を与えた。絵の中の少女は、憂いを浮かべているようでもあり、同時に希望を抱いているようにも見えた。逆光気味に描かれた顔は、どちらとも取れる表情だったのだ。光輝は少女の面もちが、理奈にものぞみにも似ていると思った。
「これは來視(らいし)だわ! きっとそうよ。この人は來視能力者(ビジョン・タレント)なんだわ」
理奈はいった。
來視(らいし)とは、未来の事象が過去に影響を及ぼす過程で、イメージとして残る残像のことだ。別の呼び方では予知夢ともいうが、來視(らいし)は量子科学的に立証されていることである。もっとも、二一世紀初頭では未知の領域だが。
本来、脳に発生する意識も量子的な効果に起因している。二〇世紀末に“量子脳理論”を提唱した、ロジャー・ペンローズに端を発する考えかたである。だが、奇抜な理論であったために、広く受けいれられることはなかった。ペンローズの理論が見直されて、実証されるのは、量子コンピュータ技術が確立される二一世紀後半なのだ。
黒井の描いたイヴが、理奈にものぞみにも似ているのは、複数のビジョンが交錯しているからなのだろう。光輝はそう推測していた。
「津川くん?」
「え?」
彼は突然名前を呼ばれて、我に返った。ハスキーな女の子の声だった。
あたりはいつの間にか、夕陽で赤くフィルータのかかった情景に変わっている。少女は夕陽を背に立っていた。その顔が絵の中のイヴに見えた。
「……イヴ!?」
「ん? あたし、ジャネット。今日クラスに転入した」
英語的な発音の日本語で彼女はいった。
「ああ、ごめん。考えごとしてたんだ」
光輝の目は、ようやく彼女を識別した。だが、逆光で見た顔が、イヴに似ていると思ったことは心に残った。絵の少女は無国籍風で、誰もに似ているのかもしれない。美人の条件は万人の平均値であるとする説からすれば、それもうなずけることだった。
光輝は転入生として教室に入ってきたジャネットを見て、惹かれるものを感じた。彼女は十四歳とは思えないほど大人っぽく、セクシーだったのだ。
「隣に座ってもいい?」
甘えた声で彼女はいった。
「え? ああ、いいけど……」
ジャネットは腰を下ろして、足を組んだ。ミニスカートから伸びるスラリとした褐色の脚が、光輝の目を引いた。そして、彼女は光輝にもたれかかるように肩を触れさせた。彼の心臓は高鳴った。
「津川くん、教室であたしのこと、じっと見てたよね」
「ぼくだけじゃなくて、男子はみんな見てたよ思うよ」
「そう? あたしはあなたの視線を一番感じたけど」
彼女は意味ありげな笑みを彼に向けた。
「リーガンさんは、可愛いから……」
光輝は顔が火照るのを意識した。自分がなにをいっているのか、混乱していた。
「ふふ、うれしいわ。そういってもらえて。ジャネットって呼んでよ。あなたのこと光輝と呼んでもいい?」
「うん……」彼はコクリとうなずいた。
「校内をぶらぶらしてたの。こういうところ初めてだから。そしたら、光輝がポツンとひとりでいたから、声をかけてみようかなって。あなたも転校生なのよね」
「うん、七月に来たんだ」
「綾瀬さんもそうよね?」
「理奈……綾瀬とは仲間……というか、幼なじみなんだ」
「ふうん、ファーストネームで呼び合う仲なのか」
「特別な意味はないよ」
「そっか。ちょっと安心」
光輝にはなにが安心なのかわからなかった。
「ねぇ、さっきあたしを見てイヴっていったじゃない? あれ、どういう意味?」
「いや……、ちょっと似ている人のことを考えていたんだ……」
「彼女?」
光輝は首を振って苦笑した。
「違うよ。まだ会ったこともない。捜してはいるんだけど……、というか、理想の女性かな、ははは」
彼は笑って誤魔化し、余計なことをしゃべりすぎだと自分を戒める。
「あたしが似てるの? 理想の人に」
「ん……、まぁ」
気まずい沈黙が訪れた。
光輝は落ち着きなくうつむいたり、彼女とは逆方向に顔を向けたりした。彷徨う視線は回り道をして、彼女の元へと戻る。彼女の脚へ、そして胸元へと。
ジャネットと視線が合うと、彼女は彼を見つめていた。
「優しい目をしてるのね」
「へ?」
気がつくと、彼女の唇が彼の唇に接触していた。それは一瞬のことだった。
彼女は立ち上がった。
「あなたのこと、好きよ。いまのは可愛いっていってくれたお返し。明日もここに来る?」
「ああ、たぶん……」
「じゃ、同じ時間に。いろいろと話がしたいわ」
ジャネットは笑って手を振り、足早に去っていく。
残された光輝は、あっけにとられていた。
(彼らもまだ、ミレニアム・イヴを見つけていないんだわ。出遅れてはいないのよ! あたしたちにもチャンスはある)
ジャネットは得られた情報に満足していた。しかし、光輝にキスをしたのは計算したことではなかった。それは突然の衝動だったのだ。彼を好きだといったのは嘘ではない。光輝に接近したのは、情報を聞きだすためだったが、相手として彼を選んだのは惹かれるものがあったからでもあった。
「なに考えてるの!? ジャネット! 彼らはライバルなのよ!」
彼女は小声で自分に叱咤した。
ポプラ並木を歩きながら、ジャネットは自分の高鳴っている鼓動を感じていた。恋をしたことなら以前にもあった。チームリーダーのアンドルーには、片思いであることも承知していた。それは恋というよりは、強い仲間意識だった。
だが、初対面の光輝に対する気持ちは、いままでとは違っていた。会ったのは初めてだが、光輝のことは個人データとして何年も前から知っていた。自分では意識していなかったものの、彼に対する思いこみが蓄積されていたのだろう。ジャネットにとっては十年前にジャンプした光輝。本来なら同じ年齢で出会うことはなかったふたりだ。
それが運命のいたずらで、同じ時間で出会うことになった。彼女はそれを喜ぶべきなのか、無視すべきなのか、戸惑っていた。
ジャネットは女子寮の入口で、キャサリンと出くわした。
「ジャネット、いまあなたを捜しに行くところだったの」
「どうしたの?」
ジャネットは聞き返した。
キャサリンは首を傾げて、ジャネットの顔を覗き込む。ジャネットの目が赤くなっていたからだ。
「泣いてるの?」
「え? 目にゴミが入っただけよ」
ジャネットはキャサリンに指摘されるまで、自分が涙を浮かべていることに気がつかなかった。
(あたしったら、なんで泣いてるのよ? 光輝に一目惚れ? ぜんぜんあたしらしくないわ!)
「わたしたち、郷田さんに呼ばれてるの。ふたりは先に行ってるわ。大丈夫?」
「行こう」
ジャネットはキャサリンに背を向けて歩きだす。勘のいい彼女に、動揺している顔を見られたくなかった。
郷田はそろった四人の前で、腕組みをして考えこんでいた。
「君たちの言い分はわかったつもりだ。だが、なぜ綾瀬くんたちに秘密にしなくてはいけないんだ? 協力した方がいいのではないかね?」
アンドルーはため息をついた。
「ミスター郷田。何度も説明したように、我々は彼らよりも未来から来た。彼らにとっては、我々は存在してはいけないんだ。彼らがこれから行うであろう行動に影響する。それがどういう結果をもたらすかは、予測が難しいんだ」
「むむ……、しかし、御子芝くんは彼らと共同しているぞ」
「たしかに。それも不確定要素のひとつだよ。これ以上、不確定要素を増やすのは避けたいんだ」
「あたしが説明するわ」
ジャネットが身を乗り出した。
「未来は……というか、時間は不確定なものだわ。常に量子的に揺らいでいるの。過去は確定されたものというのは誤解で、過去も揺らいでいるのよ。比喩的にいえば、歴史は一本道ではなく、多様な可能性が同時進行している複数の道。平行世界ともいえるけど、平行する世界が独立しているわけでもないの。
人間の意識も量子的なもので、不確定なものよ。目から入った光を、像として脳が作り出すように、時間の流れも意識が過去・現在・未来として識別して、作りだしているものなの。
人々の意識は、量子的に関係を持っているの。あたしたちはそれを、集団量子意識効果と呼んでいるわ。もっと簡単にいえば、集団の幻想が過去や未来を選択しているといってもいい。
たとえば、ある個人がいままで発見されなかったある事実や法則を見つけたとする。具体的にいえば、遠い銀河を発見して、宇宙の起源が塗り替えられたとしたら? それは発見される前からそこにあったわけではなくて、発見される選択肢を選んだために、存在することになったのよ。その時、歴史は書き換えられたの。でも、書き換えられたことを誰も知る由はない。なぜなら、書き換えられる以前の記憶というか、時間とは切り離されてしまっているからよ。
個人の量子的な確率の変化は、全体に影響を及ぼすわ。こうして郷田さんと話していることでも、影響は出ているともいえるの」
ジャネットは、郷田に理解が浸透するまで待った。
「この時間線の劇的な集団量子意識効果の変化を、“ミッシング・トリガー”――失われた引き金というの。ミッシングというのは、変化の引き金はあるはずだけど、引き金が引かれてしまうとあたしたちには失われる変化だからよ。それがなんであるかは、まだあたしたちにも明確にはわかっていないわ。それは綾瀬チームも同じ。
おそらく同じものを探しているけど、それに対して取るべき行動は違っているわ。どちらが取る行動が正しいかはわからない。どちらも間違っているかもしれない。でも、どちらかが選択されるのはたしかよ。
可能性を考えるなら、一つより二つの方がいいと思わない?」
郷田は手に持ったライターをもてあそんでいた。生徒の手前、タバコを吸うのをためらっていたのだ。
「正直に答えてくれ。君たちがアメリカ・セクターの人間であることも、その理由か? 君たちの時代ではアジアとアメリカは対立関係なんだろう?」
ジャネットはアンドルーに視線を向けた。彼はうなずいた。
「ええ、そのとおりよ。アジアとアメリカでは、ミッシング・トリガーへの対処方法で見解が異なっているわ。そのためにそれぞれ独自にジャンプをやってるのよ」
「うむ。しかし、どちらが正しいとも限らないわけだな?」
「そう。あなたは日本人だから、同じ子孫に肩入れしたくなるのもわかるけど。綾瀬チームが成功する保証はないわ」
「ちょっと考えさせてくれ」
郷田はタバコを持って、テラスへと出ていった。そしてタバコに火を点けた。
郷田が部屋から出ると、ゲーリーは小声でいった。
「おいおい、そこまでいっちまっていいのかよ」
「ああ、たいした問題ではないさ。彼の協力は不可欠だしな。どのみち、いつかは綾瀬チームもオレたちの正体を知ることになる。それならば、彼の信頼と協力を得られる方が都合がいい」アンドルーは答えた。
「嘘をつくよりも、正直な方が説得力があるわ」ジャネットはしんみりといった。
「今日は、いつものジャネットらしくないな。どうしちまったんだ?」
ゲーリーは片眉を上げた。
「大きなお世話よ!」
ジャネットは声を荒げた。
郷田が一服して、戻ってくる。
「わかった。君たちのいうとおりに、しばらくは静観しよう。進展があれば報告してくれるだろうね?」
「ええ」アンドルーはうなずいた。
ジャネットはホッとしていた。しばらくは光輝に自分の素性が知られずに、接することができると思ったからだ。
彼女は彼とふたりきりで会う、明日の約束に心を奪われていた。キャサリンは、ジャネットの顔が輝いていることに気がついていた。